PAPEPONS.COM

世の中のいろいろな流行り・ できごとを伝えていきます。

*

落合博満は消化試合の鬼だったのか?伝説?を成績で見てみる。

      2019/12/04

Pocket
LINEで送る

三冠王を3回獲得し、最強バッターとの評価がある一方で「消化試合

の鬼」というありがたくない評価もあるのですが、果たして落合博満

は消化試合の鬼だったのでしょうか?検証してみたいと思います。

 

消化試合とは?

そもそも消化試合の定義とは何でしょうか?

リーグ戦のスポーツで優勝チームまたは自分のチームの順位が確

定してから最終試合が終了するまでの試合を呼ぶ。

以上。wikiソース。

広告

とあります。そこで今回は落合博満が所属していたリーグが優勝した

翌日の試合を「消化試合」と定義し、そこから落合博満が所属してい

たチームの全日程までの出場試合の成績について見ていきます。

 

ただし、落合博満がプレーしていた1979年~1998年の内1979年と1

980年は、レギュラーでないので「消化試合の鬼」になる理由がない、

1981年と1982年はパ・リーグが2期制のため消化試合の定義を決める

のが難しい事、あと1997年と1998年は元々の成績が年齢により衰え

ているので「消化試合の鬼」がありませんので、調査範囲は1983年~

1996年までと致します。

 

なぜ、落合博満は消化試合の鬼と言われたのか?

では、落合博満が消化試合の鬼と言われる理由はなんなのでしょうか?

理由は大きく2つ考えられるかもしれません。

 

1、年俸を勝ち取るためにシーズン成績を上げるため。(よく言われる帳尻合わせ)

2、タイトル獲得の可能性があるための出場。

が考えられる要因となっています。

 

1については特別な根拠はないように思われます。消化試合であろう

ともプロである以上は試合に出るのは当然の事で、有料で試合をす

る以上は全力でプレーをするのはあたりまえと言われたらたしかに

その通りではあるのですが、あまり活躍しすぎると「もっと前に打

ってくれたら・・・」と感じるファンも多いでしょう。

 

2については別に落合特有の事情ではなく、どのタイトルでも選手

としては獲得できる可能性があるのなら獲得はしたいでしょうから、

消化試合であろうともタイトルの為に試合に出たいでしょう。(外

国人選手に一部例外はありますが)。

 

これらを考えるともし落合が「消化試合」の鬼とするならば、プロ

として一切手を抜かない本物の選手と捉えるべきなのか、それとも

数字に執着しチーム単位ではなく個人単位のプロ選手と捉えるのか

・・・、評価はいろいろだと言えます。

広告

では落合博満の消化試合の成績は?

落合博満は消化試合でどのような成績を残したのでしょうか?

 

年度チーム打数安打打点本塁打三振四球盗塁打率出場試合消化試合優勝日
1983ロッテ146622400.4293510/10
1984ロッテ184004800.222339/23/
1985ロッテ41151641700.366111110/9/
1986ロッテ155822700.33371110/9
1987中日155411300.3334410/9
1988中日3165141100.194101010/7
1989中日43201588110.465101010/6
1990中日471313571100.27714149/8
1991中日105421000.5003310/13/
1992中日        0010/10
1993中日31200100.3331710/15
1994巨人        0010/8
1995巨人42001000.500149/30
1996巨人        0110/6
 241827325315310.3406783 
通算計 76272371156451011351475650.311   
消化以外計 73862289149148511041422640.310   

 

消化試合は当然の事ながらリーグ優勝が決まった翌日からの算出なの

で、早く決まれば決まるほど消化試合も多くなります。1990年は巨

人が独走し9/8に早くも優勝を決めてしまったために消化試合は14試

合もありました。

 

1986年は早々と50本塁打に達し新記録の期待もありましたが、当時の

稲尾監督の要請もあり若手中心での起用だったので4試合程欠場しまし

た。

 

1992年以降は接戦のシーズンが多かったせいもあり、消化試合の数自

体が少ないので落合はあまり数字を残せていません。ただし落合は19

92年以降は本塁打が30本を下回っており衰えが感じられるので、もし

1992年以降に消化試合が多い年があれば落合がどのような成績を残し

ていたかは興味が残る所です。

 

ただ1993年は7試合、1995年は4試合の消化試合があったにもかかわ

らず1試合しか出場していない所を見ると、全盛期とは違い帳尻合わ

せに意味を持たないと感じたから出場しなかったのでしょうか?

 

年度別で見た場合は1989年が特にすごい成績を残しています。その

一方で前年の1988年は不発に終わっており、すべての年度の消化試

合の鬼とはいかなかったようです。しかし、通算で見る限りではやは

り鬼かと思わせる成績となっていて、打率通算.340はさすがと唸らせ

るものを感じさせました。

 

まとめとして。

落合博満に言われている「消化試合の鬼」はどうやら多少は当たってい

ると結論づける事はできるでしょう。しかしながら、消化試合における

これらの成績は果たして落合特有のものなのかと言えるかといえばそれ

は違うのではと考えます。たしかに消化試合における落合の成績はなか

なかのものですが、果たして鬼と結論づける程のものなのかかと言われ

ると・・・、ややオーバーな表現だと感じます。

広告

Pocket
LINEで送る

 - 野球 , ,