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衣笠祥雄氏が広島の監督にならなかった理由は?現在も残る不可解さ。

   

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2215試合連続試合出場のプロ野球記録を持つ衣笠祥雄氏が亡くなられた

のですが、最大の謎はなぜ衣笠祥雄氏が広島の監督にならなかったのか

という点です。

 

衣笠祥雄氏が広島監督にならなかった理由は?

大腸がんのため亡くなられた衣笠祥雄氏ですが、生前より不思議とされて

いるのが、なぜ広島の監督にならなかったのかという点です。というより

衣笠祥雄氏は現役を辞めて以降ユニホームを着る事すらなかったわけです

が、それにしてもあれだけの成績を残した衣笠祥雄氏が広島の監督になら

なかったのは不思議としかいいようがありません。たとえ監督と選手時代

の成績は別だというのがいまや常識であったとしても、あれだけのスター

を広島がほっておくのは不自然としかいいようがありません。

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考えられるとしたら本人に指導者としての意欲がないのか、球団との確

執があったか以外には考えられないのですが、広島との確執については

以前よりささやかれてはいました。

「実は衣笠氏が現役時代に松田元氏の実父で当時の2代目オーナー、

耕平氏と親しい関係にあったことにも深く起因している。歯に衣着

せぬ言い回しでズバズバと耕平氏と直々にマンツーマンで話ができ

る立場だった当時の衣笠氏に対し、後々オーナー代行の座へ就くこ

とがほぼ約束されて松田家の跡取りとして帝王学を学んでいた元氏

が、どうやら強い警戒心を覚えたらしい」

以上。itmediaソース。

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外から見ればくだらない理由にも映るのでしょうが、受け継ぐ立場の人

間とっては球団のみならず親会社にまで広がりかねない問題だったので

しょう。

 

 「元さんはオーナー代行になって以降、球団経営の権限を握ると、キ

ヌさん(衣笠氏)が監督になればコーチを含めたスタッフは自分の息の

かかった人物で固めるだろうと考え、それを嫌がって指揮官就任を頑と

して認めようとしなかった。要するに衣笠体制にゴーサインを出せば、

球団主導でスタッフを決められなくなり自分たちのコントロールが効

かなくなることを元さんは恐れていた。 スタッフの選定作業は球団

がすべて行うという条件を本人が飲んでいれば、おそらく衣笠監督は

誕生していただろう。実際、本人にそういう条件で『監督をやらない

か』というような話はもたらされたらしい。ただキヌさんが、その打

診に『NO』の姿勢を貫いたそうだ」

以上。itmediaソース。

 

なんとなくダイエーのオーナーだった中内功氏の息子の正氏が中内功オ

ーナーを中心としたグループにより根本陸夫を招聘した事を受け、根本

氏を警戒していたという話となんとなく似ている感じもするのですが、

この話は確定している話ではなくてあくまでも推測だそうですが、こう

いう内容の指摘をする広島OBがいる事は確かなようです。

 

それでも他球団はなぜ衣笠祥雄氏にオファーをだそうとはしなかったのか

・・・、それともオファーがあったものの衣笠祥雄氏が断っただけなのか

?だとすると理由は何だったのか?などが気になる所ですが、もし他球団

からのオファーがなかったのだとすれば1つは国民栄誉賞を受賞する人物

の扱いに球団が躊躇してしまったのか、あとは広島から横やりが入ったか

・・・・といろいろと考えてしまう所であります。

 

そういえば広島は喪章をつけて試合をしていないのですが、つける予定は

あるのでしょうか?松田元氏はいつ衣笠祥雄氏の逝去にコメントをするの

でしょうか?

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 - 野球