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亀田忠はイップスだった?成績から判断してみます。

   

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1種の運動障害ともされるイップスですが、いまだに原因はわかっておらず

脳の問題やはたまた精神的な問題ではといろいと指摘されているのですが、

原因や治療法が確立される日は来るのでしょうか?

 

イップスについて思う事。

今ではイップスという言葉は一般に知れ渡たる用語となり、野球では藤浪

晋太郎や澤村拓一の話が出てくる時にイップスという言葉が出てくる他、

ゴルフでは先日引退を表明した宮里藍がパットでイップスになった事を

引退の原因の1つとして挙げています。

 

イップスという言葉は1930年前後に活躍したプロゴルファーのトミー・

アーマーが、イップスにより引退を余儀なくされたことで知られるよう

になったとしているのですが、真相はともかく野球の記録を見ていると

この人はイップスだったのではと感じさせる選手がいたりします。

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亀田忠はイップスだったのか?

日本でプロ野球が始まって間もないころに亀田忠という投手がいました。

記録に詳しい人ならば「四死球が異様に多い人」というイメージがある

でしょうが、この方の記録を見ている限りでは「イップスだったのでは?」

と感じてしまうのです。

 

年度球団投球回数被安打被本塁打与四球与死球奪三振防御率WHIP
1938春イーグルス
黒鷲軍
187.2105314311372.061.32
1938秋169.2109612701312.541.39
1939371.0306828032083.081.58
1940456.2247627392971.771.14
1941113.0825750543.111.39
 1298.084928898138272.411.35

 

亀田忠の4年間の投球実績なのですが、最後の2年間以外は奪三振よりも

与四球が上回るというコントロールの悪さで、1939年には280のプロ野

球記録を保持しています。おそらくこの記録は永遠に破られないでしょう。

 

亀田忠がこれだけの与四球を与えたにも関わらず起用された理由は、当時

のプロ野球の層の薄さもあったでしょうが、奪三振も当時としては破格の

多さだったので、多くのイニングを投げる事ができる球に力のある投手と

いう位置づけだったのでしょう。そう考えると自分の球に自信を持ってい

いはずなのにこのこの与四球の多さを考えると・・・もしかしてイップス

だったのでは?と考えてみたのです。

 

もちろん根拠があるわけではなく、記録を見ただけで判断しているのです

がこの与四球の異常な多さは単にコントロールが悪いの範疇で語られきれ

るものなのでしょうか?

 

ただ、イップスと決めつけるには疑問点もあるわけで、1939年は280与四

球なのに対して与死球はわずか3つなのです。藤浪晋太郎を思い起こすとわ

かるのですが、コントロールが悪いだけではなく与死球も多く2014年と20

15年はともに11個でリーグワーストを記録しています。澤村拓一も大きく

すっぽぬけたり、2017年のオープン戦では初球を打者の頭に当てています。

 

亀田忠の通算成績では1298イニングを投げ与死球はわずか13個となってお

り、原因を推測するならば打者のよけ方がうまかったのか、当時は多くの変

化球がなかったので変化球の握りが原因によるすっぽ抜けの要素がなかった

か、あとは・・・こういう言い方が適切かはわかりませんが、大きくコント

ロールを乱すほどではない程度のイップス・・・軽度のイップスとでもいい

ましょうか、重症ではなかったという見方もできるかもしれません。

 

もちろん当時はイップスという言葉は浸透していなかったでしょうから、亀田

忠本人はイップスでありながら知らずに投げていたのかもしれませんし、反対

にただ単にコントロールが悪い投手だっただけなのかもしれません。

 

結局のところ亀田忠がイップスだったかどうかはわかりませんが、プロ野球の

シーズン与四球記録に名前が出ている選手の通算記録全体を見ていくともしか

してこの投手はイップスだったのかも?と思わせる投手がいそうな気がします。

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