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鶴保庸介氏が妻に無断で離婚届を提出。以前は野田聖子氏の元夫。

      2016/09/12

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野田聖子氏の元・夫として一時期有名だった鶴保庸介氏が現在沖縄・北

方担当相のポストについているのですが、その鶴保庸介氏の元・妻が出産

後に離婚届を提出するなど奇妙な行動が週刊誌で報じられています。

 

野田聖子氏との事実婚で有名だった鶴保庸介氏。

鶴保庸介氏と言えば2001年に野田聖子氏と事実婚の状態であり、2002年に

帝国ホテルで結婚祝賀パーティを開きました。「ぞっこんだったのは聖子さ

ん」と当時を知る自民党の女性議員が語っています。

 

2005年の郵政選挙の際には郵政民営化反対として無所属で出馬した野田氏

を支えていました。その野田氏との事実婚の関係は長年の不妊治療が原因で

2006年で終了しています。

 

ちなみに野田氏の子供ですが、長男・真輝くんは生まれる前から大病を患っ

ており、生まれた直後にヘルニアの大手術を行ったが、一時、呼吸停止状態

にまで陥り生死のさまよう状態であったとされています。

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18歳年下の妻の出産後に離婚した鶴保庸介沖縄・北方担当相

その鶴保庸介沖縄・北方担当相なのですが、2014年2月に元・妻が男児

を出産したのですが、その2か月後に鶴保庸介氏が離婚届を提出したとい

うのです。それも元・妻にに断りなく離婚届を出していたのです。ただこ

の時は元・妻が「離婚届不受理申出書」を提出していたので離婚届事態は

不受理となったそうです。

 

元・妻には予感があったのでしょうか?

「さすがに美穂の両親も“こんな人とは別れた方がいい”と離婚を勧め、

美穂自身も気持ちを固め、弁護士を立てて離婚協議を始めたんです。

話し合いは難航したものの、2014年10月に慰謝料不要、月額8万円

の養育費を払うという条件で協議離婚が成立しました」

以上。NEWポストセブンソース。

 

結局離婚と言う流れになったようなのですが、その後月額8万円の養育費

は2015年の秋頃から支払われなくなり、子供と会ったのも3,4回程度だっ

たそうです。

 

そもそも鶴保庸介氏にはおかしなところがあり、元・妻の妊娠が判明し

た時から関係が悪化したとして

「つわりで苦しんでいても優しい言葉をかけてくれないと、泣きな

がら電話してきたこともありました。美穂の両親も心配していまし

たが、ちょうど鶴保さんが国土交通副大臣をやっている時でしたか

ら、美穂は心配させないように“あの人も忙しくてストレスがたまっ

ているだけだから”と庇っていました。しかし9月末に副大臣を退任

しても、様子が元に戻らなかったようです」

以上。NEWポストセブンソース。

 

として終始冷たい対応をしており、婚姻届を出す際にも鶴保庸介氏が「

婚姻届を出すなら、離婚届も書いてほしい」と言い出したそうで、驚い

た元・妻はは人目もはばからず号泣したそうです。結局鶴保庸介氏はそ

の条件を譲らず、元・妻は生まれてくる子供の事を考えなくなく鶴保庸

介氏の条件を了承したのでした。元・妻が「離婚届不受理申出書」を先

に提出していたのはこの事が原因でした。

 

婚姻届の提出日は元・妻の誕生日で、この事は地元でもほとんど知られ

ていない入籍でした。この週刊ポストの報道について鶴保庸介氏は

「離婚の事実には相違ありませんが、細部にわたっての経緯や現状

については、プライベートな部分につき、当方は何もお答えする用

意はありません。相手は一般の方で新たな生活もあることですので、

温かくお見守り頂ければありがたいと思います」

以上。NEWポストセブンソース。

 

政治家の不祥事ではなく、プライベートな事なので追及される性質の問

題ではないのですが、人間性が問われる内容であり「温かくお見守り頂

ければ」というのは、なんともピントがずれた回答と言わざるを得ません。

 

 

鶴保庸介氏は1967年2月5日生まれの49歳で大阪府大阪市出身。大阪府

立天王寺高等学校、東京大学法学部を卒業。1998年の参議院議員選挙で

自由党から出馬し初当選、以降は自民党から出馬し4回連続で当選しています。

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