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士農工商はなかった?教科書からは削除。英語では?

      2016/09/14

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小学・中学の教科書から「士農工商」と言う言葉が消えていた

そうです。これだけでも当時の歴史を学んだ人間としては驚き

なのですが、すでに2000年ごろには書かれなくなったというの

ですから、さらに驚きました。

 

2000年ごろにはすでに教科書から消えていた?「士農工商」

30代~40代の人にとって社会科で登場する士農工商は教科書に

おけるある意味での定番中の定番なのですが、この士農工商が

教科書から削除されていたそうです。

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といってもここ最近の話ではなくすでに2000年頃には無くなっ

ていたようで東京書籍によれば

 身分制度を表す語句として「士農工商」という語句そのも

のが適当でないということです。史料的にも従来の研究成果

からも,近世諸身分を単純に「士農工商」とする表し方・と

らえ方はないし,してきてはいなかったという指摘がされて

います。

 

と説明されており、平成12年の小学生の社会科の教科書では「

士農工商」という文字は教科書から無くなったことを説明しています。

 

ただし士農工商という身分制度が存在しないので使われていな

いという意味であり、「士農工商」という言葉そのものが使わ

れていないという事ではなく、本来の意味では使われており、

本来の意味とは中国の春秋戦国時代の「民」の分類を指します。

 

分類であり身分ではないという事になります。英語ではFour o

ccupationsと言うようでoccupationは職業、仕事、従事とあり

身分を示唆する意味はありません。

 

さらにこの4つの民の順序は必ずしも一定していたわけではな

く、「荀子」においては「農士工商」、「春秋穀梁伝」では

「士商農工」と順序は違っていてこれらの事からも身分という

くくりではないというのが窺えます。

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歴史は常に変化がついてくる。

こうした歴史の史実というのは、時が経つに連れ研究や新たな

資料などでこれまでの認識とはまるで違った側面が出てくるも

のです。

 

つい先日もペリーが黒船で浦賀に来航するよりも62年も前に米

国商船「レディ・ワシントン号」が和歌山県の串本に寄港した

という資料が発見されました。資料によれば1787年秋に、太平

洋での交易を確立を目的にボストンを出航したジョン・ケンドリ

ック船長率いるレディ・ワシントン号は中国・広東に向かうつも

りが航路を変更し日本に向かったのです。

 

そして1791年4月29日に串本・紀伊大島に10日間停泊したそうで

す。当時の航海日誌によれば、

「土地(日本)の大勢の人々が一団になって乗船した。彼らは薪

と米を船長に贈った」「ボートで湾を進むと、島であることが分

かった。とても良い港だ」

以上。読売新聞ソース。

 

として当時の地元の人たちの交流が書かれているのですが、当

時の日本は鎖国をしていて彼等外国人に接する事が命がけであ

った事はいうまでもありません。航海日誌は縦約40cm、横約

30cmで全77ページでの構成となっています。

 

これまでの「常識」を覆す資料は今後も登場し、そのたびに教科

書が書き換えられていく・・・、真実を伝える分としては当然な

のかもしれませんが当時の歴史を勉強した人にしてみれば、「い

ままでの知識はなんだったのか?」と感じてしまう部分もあります。

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