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中森明菜が戸籍(分籍)を外した父親が語る。紅白以降現在も会えず。

      2016/09/12

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中森明菜が家族と断絶状態になっている事はすでに報道されている

通りですが、この断絶状態について明菜は戸籍をも外しているとし

ており、かなり根深いものがある事を伺わせています。

 

戸籍を抜いていた中森明菜

父親の話では1995年に中森明菜の母が亡くなる少し前に事務所の人

物が「明菜が中森家の戸籍を抜けたいと言っている」と中森明菜の父

に言いに来たそうです。突然の訪問に突然の通告・・・・父は当然戸

惑いながらそれを拒否したそうなのですが、後日中森明菜か、事務所

の人物かはわかりませんがどうやら戸籍を外したようでした。

 

中森明菜が何を目的として戸籍を外したのかはわかりません。単に家

族を縁を切りたかったのか、事務所の人物が父親の所に来ている所を

見ると事務所側からのアドバイスがあったのか・・・そもそもどんな

アドバイスをしたのかもわかりません。戸籍を外すことを「分籍」と

いうのですが、

分籍しても、それは単に戸籍を分けるだけですので、氏が変わると

か、親との縁が切れるということはありませんし、親から独立した

ということにもなりませんし、自立したことにもなりません。戸籍

法上の両親との関係は全然希薄にはなりません。「自立」と「分籍

」は まったく関係ありません。

以上。誰も教えてくれない戸籍の話ソース。

 

なので、中森明菜が取った行動について特別な意味は持たないのか

もしれません。しかしながら親とすれば「分籍」という行為に対し

て抵抗感がありその行為に対して反対したのだろうと推測されます。

ただ中森明菜は歌手を目指したのは母・千恵子さんが歌手の夢を叶

えられなかった事で「自分がかなえる!」と決意したからだそうで

す。にもかかわらず母の生前に「分籍」をするというのはいったい

・・・。父親は

私ももう、子供たちには『私が死んでも、明菜には知らせなくて

いい』と言っているんです。でもね……私ももう82歳。やっぱ

り、死ぬ前に明菜に会いたい。そう思って、今年に入って2度『

どうか顔を見せておくれ』と書いた手紙をしたためたのですが、

出すことができず、破ってしまいました。

以上。女性自身ソース。

 

としており、中森明菜に対する複雑な心境を語っています。

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一度も母親の見舞いに来なかった中森明菜。

1995年6月10日が中森明菜の命日なのですが、当時中森家の騒動で

話題となったのが母親の「中森家ではなく父親の墓に入りたい」とい

う遺言でした。上に書いたとおり中森明菜は母親の影響を強く受けて

いますので、この遺言が原因で中森明菜は家族と断絶状態にあるのだ

とされてきました。事実母親の命日以降中森明菜は父親はもちろん、

兄弟5人とも一度も会っていません。そう考えると中森明菜が「分籍

」をしたのも母親の遺言の影響とも取れるのですが・・・。

 

しかし中森明菜は母親の見舞いには一度も来ていませんでした。父親

の話では早見優は何度か見舞いに来ていたそうですが・・・。母親は

「明菜は薄情だ」と落胆していたそうです。葬儀には中森明菜は参加

したそうですがすぐに帰っていったそうです。この事をいいように解

釈すれば、「苦しむ母を見たくなかった」とも考えられますがしかし

ながら「明菜は薄情だ」という言葉から解釈すれば、母親からも冷た

いと思わせる中森明菜の行動が母親の生前からあったのかもしれませ

ん。それが母親が亡くなる直前の「分籍」の行動に表れている可能性

もあります。

 

第3者ではわからない家族の問題・・・、中森明菜は母親にどのよう

な想いを持っているのでしょうか?

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