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菊地直子の裁判の控訴審で逆転無罪判決。判決後に釈放。

      2015/11/28

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オウム真理教の信者だった菊地直子元信者が殺人未遂のほう助

の罪に問われた2審の控訴審判決で、東京高裁は菊地直子元信者

に無罪判決を言い渡しました。

菊地直子元信者は、東京都庁小包爆弾事件の殺人未遂ほう助罪

で懲役5年の実刑判決を受け控訴していました。

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なぜ菊地直子元信者は無罪となったのか?

菊地直子元信者はなぜ無罪となったのでしょうか?

最大の理由は「証言ののみの立証」にありました。

 

1審は懲役5年の判決。

1審は裁判員裁判で行われ、「人を殺傷すると認識」があったと

して懲役5年の判決が言い渡されていました。

この裁判では、解釈や推認を多用した流れで裁判が進んでいった

特徴があります。

例えば、

1、中川智正死刑囚が薬品を至急必要としていると、菊地直子は認識した「はず」。

2、薬品の量が多かった。

これらが、菊地直子は大量破壊兵器を作るのであろうと認識していた。

 

1、菊地直子が扱っていた薬品には劇物の記載があるものが多かった。

危険な薬品が置いてあるという認識を菊地直子はもっていた

 

これらの推量は当然の事ながら「可能性」の話であって確定ではないのです

から、こういった内容はあくまでも補足の範囲でなければいけないのであっ

て、その上で物的証拠や決定的証拠がなければいけないのですが、そういっ

たものがこの1審ではなかったのです。

 

結局のところ、可能性や推認がいつしか事実へとすり替わったためにお

きた実刑判決といえるのかもしれません。裁判員はもちろん責められ

ません。

当時の男性裁判員は、

「化学的説明は分かりやすかったが、証言をどうつなぎ合わせれば真実

にたどり着けるのか難しかった」

と話していました。事件から19年(2014年地点)経ち、まわりの関係者

や菊地直子自身の記憶などが薄れる中、立証責任を証明するのがいかに難

しいかという見本でもあります。

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2審では逆転無罪に。

そして、2015年11月27日の東京高裁で逆転無罪判決となりました。

27日の判決で、東京高裁は「菊地被告は、化学的知識に乏しく、運搬した

硝酸や硫酸が、皮膚に触れると有害なのは当然としても、テロの手段とし

て用いる爆発物を製造することを想起するのは困難」と指摘

以上。FNNソース。

としその上で、1審判決は、経験則や論理則に反する不合理な推論に基づくもの

としました。

結局のところ、推論のみで(しかも裁判官はその推論すらも不合理としている)

の有罪を否定したのです。

判決について東京高検は、

「控訴審判決は意外であり、誠に遺憾である。判決内容を十分に精査・

検討し、適切に対処したい」

以上。YTVソース。

とのコメントを発表しました。

問題は上告するのかどうかですが、物証がない以上は上告は難しいのでは

と推測されます。ただ、オウムという組織の犯罪性を考えた場合、上告の

選択肢も考えられるのでしょうが、上告は「凡例違反や「法律違反」もし

くは「重大な事実誤認」でないかぎりできませんので、検察による上告の

可能性は低いと考えられます。

 

被害者遺族の反応は?

今回の判決で、都庁爆弾事件の被害者で都庁元職員の男性は、

「被告人は長年逃亡生活を続けており、罪の意識は十分持っていたはずです。

無罪の判決は、その事実を法廷という場でしっかりと立証できなかったとい

うことで、誠に残念なことだと思います」

以上。日テレニュース24より。

当然の反応だと思います。心情的な面を考えると、菊地直子はオウムの犯罪に

十分な役割を果たしていると考えられるからです。

ただ、役割と認識や関与となりとまた別の話ですので、法的な罪と組織に関わ

った団体的な罪は分けられるべきです。

そして、2015年11月27日に菊地直子元信者は釈放されました。

2か月に1度は両親と面会しているそうなので、両親が身元引受人

になっている可能性があります。

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